お前の光は、今、何処にある──『意識はいつ生まれるか(Nulla di più grande)』

マルチェッロ・マッスィミーニ(Marcello Massimini)とジュリオ・トノーに(Giulio Tononi)の共著による、一般向けの意識に関する書籍です。二人ともイタリア出身の模様。

本文においては、数式で説明することはせず、理論を生む背景となったエピソードやそこへの著者の考えが綴られています。それでも、理論のエッセンスと勢いが伝わってきます。

意識とはなにか、というのは魅力的な問いで、未だ答えの出ていない問題ではありますが、この統合情報理論では意識と意識でないものの境界がどこにあるかということに対し、一つの見方を与えてくれるようです。

1. 手のひらに載った脳

初めて月へ行き、そこで地球を眺めた宇宙飛行士たちと、初めて脳の解剖実習をする医学生たちを対照して、意識を宿すと考えられる脳を印象的に描いています。

われわれの知覚する世界すべてを担っているはずの脳が、手のひらに収まってしまうほど頼りない存在であること、われわれの暮らす世界すべてであるはずの地球が月から見ると指で隠れてしまうようなちっぽけ存在であること。自分という存在が否定されたような苦々しい気分になるかもしれませんが、すぐにそれは新鮮な開放感に変わります。それは今までのしがらみのようなものも含めて全部吹き飛んでしまうからです。

理解するというのはすべからくこのようなものかもしれません。いままでの自分たちが築いてきたものから飛躍すると、そこには新鮮さと共に寂しさが伴うものです。それでも、我々をただのちっぽけな存在で終わらせないためにも、手をこまねいていてはならない。データや数字だけじゃなく感覚的にも納得できるような、意識の本質を突き止めるんだ、という著者の気概を感じさせる章でした。

2. 疑問が生じる理由

二元論、哲学的ゾンビ、デジタルゾンビ、中国語の部屋など心の哲学の基本的な問題を紹介しています。

また、物理的にデータとしてニューロンを把握できたとしてもそれが本当の理解につながるわけではない、一方、哲学的ゾンビの議論のように堂々巡りで真実がどっちかわからないようなこともここでは踏み込まないと言っています。

意識のハード・プロブレムには触れず、かといって具体的すぎても理解とは言えないので、理論として一般法則と言えるようなところを探りたい、ということみたいです。

3. 閉じ込められて

coma(昏睡)だったり、ロックトインだったり、臨床医学における、意識を見極める際の難しさを訴えています。身動きできないからと行って無意識とは限らないですし、逆にニューロンの活動が活発だからといって意識があるとは言えないようです。

自分が、自己や病気で自力では何も動かせなくなったときに、意識だけ残ってるとすごくつらそうですね…。あまりそういう状況は考えたくないところですが、実際に起こりうる事態です。そういう点で意識があるかどうかを見極めるのは哲学上の問題だけでなく現場においても求められていることと言えます。

4. 真っ先に押さえておきたいことがら

解剖生理学において、意識のメカニズムを知るために重要であろういくつかの事実を紹介しています。

まず、ヒトの脳内のニューロンは訳1000億あるのですが、そのうち約800億が小脳で約200億が大脳皮質や視床にあるそうです。大脳のほうが多そうな気がしてたのですがそうではないのですね。また、意識を作る上では小脳はほとんど関係ないとか。実際、小脳を摘出すると動きがぎこちなくなってしまうらしいのですが、意識の内容については問題ないそうです…。

あと、ニューロンの活動量は深い睡眠中も覚醒時もそこまで変わらないこと。これは常識的なイメージとはちょっと異なりますね。

もう一つ面白いのは、大脳を脳梁で左右に真っ二つに分けると意識が二つになるとか…。これはなんか凄いですね。分離脳と言われるこの現象、多重人格とはまた違う仕組みなんでしょうか?

5. 鍵となる理論

これらの事実と矛盾しない、しかも意識のあるなしを見分けるべく生み出されたのが、統合情報理論です。統合情報といわれると情報統合思念体を思い起こしますが、それとはあまり関係ないようです。

ある身体システムは、情報を統合する能力があれば、意識がある。

これが統合情報理論(Integrated Information theory:IIT)のアイデアです。発想法でよく言われる、収束と拡散、統合と発散が基本ということを思えば、このアイデア自体は自然なものと言えるでしょう。

意識の経験は、豊富な情報量に支えられている。

つまり、ある意識の経験というのは、無数の他の可能性を、独特の方法で排除したうえで、成り立っている。

言い換えれば、意識は無数の可能性のレパートリーに支えられている。

情報とは不確実性を減らすこと、というシャノンの考えも踏まえて、一つ目の重要な意識の性質として情報の量に目を向けたようです。収束と拡散でいう、拡散のほうですかね。統合情報理論の名の通り、次の統合も重要な性質です。

意識の経験は統合されたものである。

意識のどの状態も、単一のものとして感じられる。

ゆえに、意識の基盤も、統合された単一のものでなければならない。

まとめると、差異と統合が意識に必要であるということです。正しいかどうかはわかりませんが、アイデアは普通です。問題はこれをどうやって定量化するかということにあります。そこで差異と統合を少し言い換えてます。

  • 潜在的なレパートリーの大きさ(差異の幅)
  • 一部の情報が残りにも伝わる(統合具合)

イメージとして数式を書いておきます。

cause repertoire : p(S^{past}|S^{current}=s)

↑現在の状態がsであるとわかったときの過去の状態のレパートリー。

cause information : ci = D_{KL}(p(S^{past}|S^{current}=s)||p(S^{past}))

↑現在の状態S^{current}がsであるとわかったことで、過去の状態S^{past}の不確定度がどれくらい減るか。(KL divergenceにより違いを測っている)

統合情報量:

\begin{align}
\phi = \min_{partition}( D_{KL}(p(S^{past}|S^{current}=s)||p^{partition}(S^{past}|S^{current}=s)) )
\end{align}

↑二つに分割した時、ちゃんと統合されてるかをはかる。

現在の状態に成りうるような過去の状態が少ない、つまり特定されるほどciは大きくなります。これは、どれくらい多様な情報を過去から反映し統合してるかを測っているということのようです。

統合情報量φはそれがちゃんと一つに統合されてるかという密着度合いを確かめているみたいです。この統合情報理論では意識の内容には触れないのでなんとも言えませんが、このパーティションに区切るというのは意識がどのように構造化されてるかを反映する方法のように思えます。

6. 頭蓋骨のなかを探索してみよう

 統合情報理論によれば、「意識経験を支える基盤は、統合され、なおかつ、均質ではないシステムである」ので、バラバラになっていたり、同じような反応しかしなければ意識を生む為の組織としては不十分だとみなされるようです。そういう意味では、肝臓、心臓、小脳が意識を作らないこともなっとくできるんだとか。

また意識に関して、「暗い」という情報も、「青い」「物体」「顔」「音」などと区別できて初めて空っぽではないちゃんとした意識として認識できるはずだと言っています。これは、たしかにそうかもしれないと思うところもありますが、ちょっと違うのではと個人的には思います。

空をみて、「青い」と思うときに、これは赤じゃないということを意識するでしょうか?もちろん、学問として概念を定義し整理する時には周辺概念と比較し区別することが多いと思います。けれども、実際には比較するというより、空をみたときの感情やら思い出、広さなどを連想し想起するというのが実感に沿っているのではないでしょうか。

測ろうとしているのは内的情報量なのですが、こういうところを見ると、まだ外的情報量の扱いをしてしまっているところがあるのかなと思います。

7. 睡眠・麻酔・昏睡 意識の境界を測る

理論と測定はどっちも必要だ、という考えから、ここでは実際に意識を測るためにどうするかを解説しています。

簡単に言うと、脳に揺さぶりをかけて、反応の複雑さを見るということみたいです。ちょっとそんなことして大丈夫なのという気もしますが^^;

実際にそれを利用すると、覚醒時やREM睡眠時には複雑な反応が見られたが、深い眠りの時には結構活性化するのだが局所的にしか反応しないということで、見分けることに成功したと述べている。イオンの出入りの違いがその違いを生むらしいです。

8. 世界の意識分布図

人間以外に意識はない!と言ってしまう哲学者もいる中、動物や植物、鉱物に意識はあるのかということに対する、この理論の立場からの見方が書かれています。

僕はアニミズム的考えなので、動きがあればそこに少なくともクオリアは存在し、それの統合のされ方に依って意識として認識されるのだと考えているのですが、みなさんはどうでしょうか?

昨今、人工知能が流行っている中、こういった意識をもったと世間的に認められるロボットも出てくるのかもしれません。

9. 手のひらにおさまる宇宙

一章に出てきた医学生が、この本を振り返りながら詩的に思いを連ねています。何点か自分が気になった言葉をまとめておきます。

「it from bit(すべては情報から生まれる)」(ジョン・ウィーラー)

世界を分かち合いながら生きる可能性

還元主義の問題。つまり、基本現象から解釈できれば、それは付帯現象として何の影響も与えないものとされる。

我々自身が我々の行動の最初の原因のとき、我々は自由だといえる。

因果関係と情報は等号で結ばれる。

こういう、印象的な言葉は想像を掻き立てられるので良いですね…。

最後の言葉についてですが、情報を因果関係に写し取ったところに統合情報理論の核がある気がしますね。情報を因果と捉えることで、内的な情報を時間の中で測ることができるようになったという気がします。

おわりに

全体的にすらすらと読めるようにわかりやすく書かれています。僕はあまり文章を読むのが得意でないのですが、詰まること無くよめました。

内容の面白さは、扱っているテーマからして面白くないはずがないという感じです。ただ、込み入った議論には立ち入らないので物足りない方もいるかもしれません。

著者の考えとしては意識にはわりとはっきりと境界があるものだと考えているようです。自分はそうは考えないのですが、こういう著者の考えのとの違いを踏まえながら、自分の考えを深めると良いかもしれません。自分としては、意識の内容とネットワークの構造とを結びつける理論をぜひとも考えたいものです。

参考資料

意識はいつ生まれるのか――脳の謎に挑む統合情報理論

意識はいつ生まれるのか――脳の謎に挑む統合情報理論

 

 

Integrated Information Theory

Integrated information theory - Scholarpedia

pooneilの脳科学論文コメント: 大泉匡史さん「意識の統合情報理論」セミナーまとめ(20161129 version)

Bluebrain | EPFL

原論文(新しい順):

From the Phenomenology to the Mechanisms of Consciousness: Integrated Information Theory 3.0

Integrated Information in Discrete Dynamical Systems: Motivation and Theoretical Framework

An information integration theory of consciousness | BMC Neuroscience | Full Text

関連資料 

意識する心―脳と精神の根本理論を求めて

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